臨書講義録

書道学校入学式の冒頭、先生はこう言われた。
「美しいものには形がある。これから、皆さんとその形について勉強していきましょう。」
こうして、一年間、文字に関する美しさの探求が始まった。
誰でも、はじめは手本を見て学ぶ。私が通った学校は、戦後の文字の乱れを嘆いた創業者が、正しい文字・美しい文字の普及を願い、 通信教育を行うために設立した団体を起源としている。この団体は、設立以来65年の歴史を有するとのことである。 そのため、その創業者の書風を取り入れた楷・行・草・隷・篆の5書体と’かな’ついて、浩瀚な教本・手本を揃えていた。 その手本および書写の基本をまずは学ぶのである。また、古典を手本として書を書くことを臨書といい、その授業にも相当な時間が配分されていた。

このホームページでは、主として臨書の授業の一端を紹介する。

授業開始


授業の冒頭、先生は言われた。
「プロは皆自運(*説明参照)を目指しています。しかし、それができるには相当な研鑽が必要です。古典といわれる書家を手本にしっかり学習しましょう。」
(*説明)

  • 自運とは・・・自分の創意で自由に筆を運ぶこと。また、その書。臨書の反対語

<注記1> ホームページの文責

  •  この講義録は、私が受講した臨書講座の教授の授業を骨格としている。
  •  しかし、次の理由等から当然ながら教授の授業を忠実に再現できてはいない。
  • ・私の理解力や技術の水準
  • ・技術は言語では説明できない部分が多い(身体性と言語性)
  •   上記に加え、他の教官からの教えおよび書籍により得た知識なども加味されていること等から文責はすべて私にある。 教授の授業はもっと深くて面白いことは言うまでもない。

<注記2> 拓本の掲載に関する許諾

  •  このホームページで使用する拓本は、すべて、観峰館が所有する復元石碑から実際に採拓したものである。
  •  なお、このホームページへの拓本の掲載については観峰館から了解を得ている。

中国書画の宝庫 観峰館のホームページはこちら

1.楷書の成立


中国古代史の王朝と文字との関係と変遷は興味深いがここでは触れない。 唐代は、書体の最終型と言われる「楷書」がその完成を見た時代である。いま、われわれに最も馴染みの深い書体である。 新聞などの印刷書体、ワープロの明朝体などわれわれが目にするほとんどの書体が「楷書」である。

講義は、楷書がほぼ完成を見た唐代を代表する4人の書家から始まった。

欧陽詢 九成宮醴泉銘

スクリーンに、拓本を写しながら、先生はこう言われた。「すっきりと端正に整っていて厳格な印象を受けませんか。 それはどのような特徴から来るのでしょう。よく観察してください。」

虞世南 孔子廟堂碑

先生は言われた。 「前回習った欧陽詢の書風と比べて、違いが判りますか。 ふっくらと丸みを帯びて、穏やかな印象を受けます。それでいて、凛とした気品も感じられます。 どのような特徴によって、表現されるのかよく観察してください。」

褚遂良 雁搭集教序

細っ!と先生を唸らせてください。」 今まで習った楷書とは、筆使いがずいぶん違っているようで私は面食らった。更に先生は続けた。 「細いけれども、粘りのある強い線なのです。」詳細はこちら

顔真卿

先生は言われた。「「蚕頭燕尾」といわれるその用法を学んでいきましょう。 今までに学習した端正な字とは違い、剛直、重量感のある逞しく大らかな書風です。 これには、運筆上の合理的な理由もあるのです。そして、その書風は来るべき次の時代を予感するものなのです。」

2.六朝時代の書


私達は、既に次のことを「中国書道史」(講座名の一つ)で学んでいた。

  • 一般には行書・草書は、楷書を崩して作られた書体と考えられていいるが、史実は逆。篆書、隷書の速書として発達した草書から正式書体として行書・楷書が生まれた。
  • 漢滅亡以降、随が中国を統一するまで、中国は南北に分裂していた。北方民族が治めた北朝(北魏)では、質朴剛健な書が主流となり、 一方南朝(六朝)では王羲之に代表される温順流麗な書風が流行したという。
  • 北朝の書は、石碑や磨崖の彫りとして現存しており、その書風は素朴、雄渾と表現される。 統一された書風はないが、概ね次の2つの系統に分類されている。
方筆系」  

点画が角張っている。
代表作としては、龍門造像記、張猛龍碑、高貞碑等がある。

「円筆系」   

点画が丸みを帯びている。
代表作としては、鄭文公碑、石門碑、龍藏公碑等がある。

  • 北朝の書は、唐代楷書の起源と考えられ、六朝楷書と総称される。

先生は言われた。

「これから、唐代で完成する楷書のそこに至る歴史をひもといていきましょう。 唐代のとても整った書風に比べ、これから学ぶ北魏の書は整っていないように見えます。 しかし微妙で高度なバランスの上に構成されていて味わいがあります。

  • 孫秋生造像記

初めに、方筆系の代表として龍門造像記の一つ「孫秋生造像記」を見ていきましょう。 そこには逞しい生命力、野性味が感ぜられることでしょう。」
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  • 鄭文公下碑

「次に、円筆系の代表として鄭文公下碑を学習します。 字形も線もゆったりとした趣と温和でのびのびした印象を受けますが、その表現技法は単純ではありません。 古来、篆書の勢(同じ太さ・シンメトリー)、隷書の韻(リズム)、草書の情(同じ字でも違う書きぶり)が備わっているとされ、 明治期の日本書道会へも多大な影響を与えました。」
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  • 張猛龍碑

「方筆系代表作をもう一つ学習しましょう。筆力、躍動感、格調の高さなどの点から完成度が高いと評価されています。 変化に富んでいて決して整斉とは言えませんが、高度なバランス感覚を感じ取ってください。」
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  • 蘭亭序

先生は、いわれた。「さぁ、これから王羲之の書を学習していきます。王羲之の書はそれ以降の書家たちの最高の手本で、それは今でも変わりません。 六朝楷書を学習した後、王羲之の書を学ぶ私の意図もきっとわかってもらえるはず・・・」

前期の授業は、ここで終わった。
後期は次の作品を学習することになっている。(既に授業は終わっている)

  • 「蘭亭序」「集王聖教序」    王羲之

この後、日本の書が展開される。

  • 「風信帖」           空海
  • 「屏風土代」          小野道風
  • 「白氏詩巻」          藤原行成

年明けは卒業作品作成期間となり、それが終わると、再び中国へもどり、北宋の書となる。

  • 「黄州寒食詩巻」          蘇軾
  • 「蜀素帖」             米芾
  • 「晋詞銘」             太宗(これは、唐代の皇帝)

後期の分は、またいづれまとめてみたい。