私は4月末にコロナを発症し、自宅療養と入院を経て、5月20日に退院した。
無機質な病室から我が家に帰宅できた時に思いついた句を書で記してみた。

その顛末について、備忘と参考のため以下に記すこととする。

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私は、今回の新型コルナウィルスにより2回死にそうになった。
一回目は、脱水症状。続いて2回目は肺炎である。
濃厚接触者となったのが、4月25日。そして、PCR検査が陽性となったのが28日。発症したのは30日だったろうか。

濃厚接触者となった途端に外出は禁止される。保健所の許可がなければ病院や薬局へ行くことも許されない。一義的には外部との接触禁止だが、病院や薬局に行っても新型コロナに効く薬はないことも理由の一つだった。

そこで、症状が出始めた時、覚悟を決め、温かいものを食べ、家にあった風邪薬を飲み、夜早く寝た。
その夜は大量に汗をかき、翌朝は爽やかな気分になった。
この時、私はコロナを乗り越えたと思った。この感触はいつも風邪が治るときの感触と同じだったからだ。

しかし、夜になると再び倦怠感が増し、頭痛等の症状が出てきた。私は、脱水症状を直感した。汗を大量にかいた後水分補給を怠っていたからだ。年をとると体の乾きに対する感受性が弱くなるのだった。そこで、保健所に点滴を打ってもらうよう要請した。その調整に時間がかかり、2日後に病院で点滴を打ってもらうことができた。もし、病院の斡旋が遅れていたら、多分この時点でこの世にさよならをしていたことだろう。

この病院の話によれば、やはり重度の脱水症状だという。また、既に肺には白い部分(炎症)が広がっているとのことであった。きっと、脱水症状により体力を消耗し免疫力が著しく低下した結果だろう。

診察後、肺炎はまだ軽度ということで一旦家に戻された。しかし、その日から血中酸素濃度がみるみる下がっていく。入院する直前は80%台前半まで下がっていた。改めて入院を要請した。この時、入院が遅れていたら、これまたあちらの世界へ行っていたことだろう。

5月7日に入院が決まり、翌日からレムデシビルの投与が開始された。一回目の投与(5日間)では効果は上がらなかった模様。入院から一週間後、2回目の投与となった。この投与で症状が改善されないとき、重症者病院への転院をほのめかされたが、2日目くらいから、みるみる症状が改善され始めた。5日目には、肺の白化現象もほぼ解消され、血中酸素濃度も95%まで回復した。

そして、5月20日退院が許可された。

ほぼ、一ヶ月間寝たきりであり、事務的なこと以外話す機会がなかったため、頭は痴呆状態、言語不明瞭、10kg体重が減少し、体は骨と皮だけ、足元はフラフラ。20歳は年をとったような感じであった。

我が家に戻ると、庭に鮮やかな赤とスカイブルーの紫陽花が目に入った。
そういえば、5月連休に咲き始めた紫陽花だったが、まだ主の帰りを待っていてくれていたのだ。無機質な病床から色彩豊かな我が家に帰ってこられたことに安堵した。と同時に、医療関係者への感謝の念も湧いてきた。2021.8.1記

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